ユルスナールの靴 2

9月に入り、めっきり涼しくなりました。今年の夏は例年にも増して厳しい暑さで、とても長かったように思うのですが、そんな日々ももう遠いことのよう。季節の移ろいは本当に早いものです。

 

前回のブログ八日目の蝉でも触れていますが、店を始めるまでは毎年ひどい夏バテに悩まされていました。店を始めるにあたって、夏、私の体力がもつかどうかが心配事の一つでしたが、お陰様で休むことなく続けてこられています。そんな自分に驚きながら、夏になると思い出すフレーズがあります。以前にも紹介しましたが(ブログユルスナールの靴)もう一度。

 

きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いて行けるはずだ。そう心のどこかで思い続け、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。

                   須賀敦子 「ユルスナールの靴」

 

イタリア文学者でエッセイストの須賀敦子さん。残念ながらもう亡くなられましたが、美しい文体が魅力で、女性としても素敵だなあと思う作家さんです。なかでも、この一節に出会ったときは、ちょっとした衝撃でした。

 

当時「ほぼ専業主婦」だった私。自分を生かせる場所を探して、あれこれ出かけては、やっぱりここは私の居場所じゃないと、あとにして。そんなことを繰り返していました。私は自分を生かせるものなど持ち合わせていないのだと、どこかであきらめていたような。それでもやっぱり、あきらめ切れずに苛立っていたような。そんな思いを代弁してくれる一節だったのです。しかも「ユルスナールの靴」だなんて、洒落た表現で。

 

思いがけないことに店を開くことになり、気づくと、きっちり足に合った靴を履ている自分がいました。この靴ならどこまでも行けそうで、歩くのももどかしく、いつも前のめりの駆け足でここまで来たような気がします。

 

そうして今年の春、三周年を迎えました。三年も経てば落ち着くのかと思いきや、三年経ってようやくわかってくることばかり。見直しを迫られることが重なり、あれやこれやいつも考え事。ヒートアップした脳みそは熱く感じられるほどで、眠っていても余熱冷めやらず。疲れているはずなのに、少しの睡眠時間で目が覚めてしまう。そんな日が続いていました。

 

もともと要領が悪く、全力疾走しては倒れ込むタイプの私。がんばりどころと危険領域との境界がさっぱりわかりません。警告ランプでも点灯してくれたらいいのですが、そんなわけもなし。8月のお盆過ぎ、夏季休業に入るやダウンしてしまいました。

 

ユルスナールの靴でこけちゃった。

 

休み返上で後半戦に備える態勢でいたのですが、それどころでなく、近所の医院に通って点滴を受けては、自宅ベッドで昏々と眠り続ける5日間でした。こんなに眠れるものかと思うほど眠り続け、やがて脳みそもクールダウン。そうして思ったこと…。

 

元気な体さえあれば、なんとかなる。

 

気になることは数知れず、やるべきことも数知れず。けれど、それもこれも元気な体があってこそ。全部やり遂げたところで、ダウンしてしまったら元も子もない。困ったら誰かに助けを求めよう。至らないところは謝って許しを請おう。続けていくことが一番大事。そう思い知りました。

 

ダウンしたのは、こうでもしないと休まないだろうと思われた、神様からのドクターストップだった気がしてなりません。

 

やっと見つけたぴったりの靴。見つけられたことがうれしくて、夢中でここまできたけれど、これからは歩き方が大事だなぁと思います。どんなに素敵な靴も、寝込んでしまったら履くこともできないのだから。

 

時にゆっくり歩いてみたり、時にスキップしてみたり。私なりの歩き方を見つけていきたい。履くほどに足に馴染む靴のように、愛おしみながら、どこまでも一緒に歩いて行きたい。私のユルスナールの靴。

 

そんなことを思う秋の入口です。

 

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コメント: 3
  • #1

    いく (水曜日, 23 9月 2015 14:30)

    今年の春くらいから、ブログを読ませていただいてます。
    どうやってこちらのブログにたどり着いたかは覚えていませんが、運良く出逢えたことに、嬉しく思っています。
    私は優しく柔らかな心地よいこの空間に癒されています。

    肩の力が入りすぎたり、自分にもどかしさを感じるとき、ここでの言葉、文章で、励まされたり、マイペースでいることの大切さ、伝えることの大切さなど気づきがあります。

    これからも時折お邪魔させてもらいますね。
    どうかお体

  • #2

    いく (水曜日, 23 9月 2015 14:34)

    途中で送ってしまいました。ごめんなさい。
    つづき…
    ムリせずお体にお気をつけて、がんばってください。

  • #3

    木村ひろみ (木曜日, 24 9月 2015 11:07)

    いく様

    温かいコメントをありがとうございます。

    そのときどきに思ったこと、感じたことを、ありのままに書いています。プライベートなことをホームページ内のブログで書くことには賛否あるかと思います。ただ私は正直にしか書けないし、正直でなければ書く意味がないと思っています。

    それをこんな風に読んでくださっている方がなるなら、本当にうれしいです。よろしかったら、これからもお付き合いのほどお願いします。